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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)965号 判決

判  決

西宮市鳴尾町鳴尾字西開七七番地

控訴人

安辰鎬

右訴訟代理人弁護士

小倉武雄

右訴訟復代理人弁護士

密門光昭

西宮市池田町九五番地

被控訴人

西宮税務署長

前川太良右門

右指定代理人検事

松原直幹

同法務事務官

大森国章

同大蔵事務官

中村鉄

同日向弘

右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

原判決を取消す。

被控訴人が昭和三四年九月二五日控訴人に対してなした物品税々額四四一、七〇〇円の納税告知処分は、これを取消す。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を、それぞれ求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨、証拠の提出認否は、後記付加のほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにそれを引用する。

控訴代理人は、つぎのとおり陳述した。

「本件のような場合においては、没収または追徴は、関税法規に違反して輸入された犯罪貨物、またはこれに代るべき価格が、犯人の手に存することを禁止する趣旨であるから、犯罪貨物自体(没収)、または、犯罪貨物の対価、すなわち犯罪貨物の原価のほかこれに関税及び物品税の各相当額を加算した金額(追徴)を、徴収することによつて、その目的を達することができる。

ところで、追徴の場合、旧関税法(昭和二九年法律第六一号による改正前)八三条は、犯罪貨物の原価のみを追徴する旨規定していたので、旧法のもとにおいては、右目的のため、さらに関税及び物品税を賦課処分によつて徴収していた。しかし、改正後の新法(現行関税法)一一八条においては、追徴金の額を犯罪貨物の時価と規定し、その額は、犯罪貨物の原価に関税及び物品税の各税額を加算したものであると解釈されるにいたつた。

これは、二重手続(追徴判決と賦課処分)による徴収の煩瑣を避け、かつ賦課処分が別途に行われることによる徴税の脱漏を防止するため、関税及び物品税の賦課も追徴によることとし、追徴金中に関税及び物品税そのものを包含せしめたためである。

もし、そうでないとすれば、イ『関税及び物品税を、追徴によるほか、さらに賦課処分により加重徴収すること、ロ『従つて、犯人から犯罪貨物の対価以上のものを徴収する結果となり、憲法二九条、三一条に違反すること』、ハ『これを避けるためには、追徴における犯罪貨物の時価を、その原価と解するほかないこと』、ニ『それ故にまた、追徴判決前に犯人が物品税を納入したときは、追徴額に物品税相当額を加算することができないと解すべきこと』(東京高等裁判所昭和三二年(う)第六三八号同三二年九月一〇日第六刑事部判決参照)、ホ『没収の場合、国は犯罪貨物を公売し、その代金をもつて関税及び物品税に充当すればこと足り、しかも、国は没収により犯罪貨物に対する原本的な権利を取得するから、犯罪貨物の負担するあらゆる権利は消滅し、犯人に対する関税及び物品税の賦課権もまた消滅するというべきところ、追徴は没収に代るべきものであつて、右解釈と抵触するにいたること』の各理由により、その(追徴金中に関税及び物品税を包含せしめないことの)不当であることは、明らかである。

従つて、控訴人に対し、追徴判決のなされた本件においては、物品税を賦課し得ないことは、当然である。

なお、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律(特例法と略称する。)一二条二項の関税に関する除外規定は、単なる注意規定であるから、たとい右規定の適用または準用がなくても、物品税その他の内国消費税が除外されることは、前記理由により明白である。」

被控訴代理人は、つぎのとおり陳述した。

「現行関税法一一八条が旧法と異なり犯罪貨物の原価の追徴では足りず、国内卸売価格相当額を追徴することとした理由は、イ『犯人が得た利益を剥奪し、犯罪において利得せしめない必要があること』、ロ『国家が、関税法規に違反して輸入した貨物に代るべき価格の犯人の手に存することを禁止し、もつて密輸入取締りの励行を期していること』、ハ『判決確定前に犯罪貨物が消費その他により滅失することを防止し、またそれを第三者へ移動させないという政策的配慮』などに基づくものであつて、控訴人生張の如き趣旨に出たものではない。

これを別個の観点から、自動車を輸入し転売(卸売)するという通常の場合について考察してみると、輸入及び保税地域からの引取りによつて、それぞれ関税及び物品税の納付義務が発生する結果、自動車の転売(卸売)価格は、輸入原価に関税及び物品税相当額並びに転売利益を加えたものになるわけであるが、いま、自動車が密輸入されたもので、判決言渡時にすでに他に転売(卸売)されていたと仮定すると、犯罪貨物である自動車に代るべきものとして評価される追徴金の数額は、その犯罪が行われた当時における転売(御売)価格相当額であると解することが、きわめて自然であり、そうすることによつて前記追徴の目的を達することができると思料される。新法一一八条の追徴金中に包含される物品税相当額は、控訴人の主張するように税そのものと解すべきではなく、犯罪貨物の価格算定に当つて加算さるべき数額としての意義を有するにすぎない。

従つて、前記卸売価格によつて追徴がなされたとしても、物品税法の規定により賦課された内国消費税としての物品税の負担を命ぜられたことにはならず、また、すでに発生した物品税納付義務に消長を来たすものでもない。

なお、控訴人は、特例法一二条二項の関税に関する除外規定は注意規定にすぎないと主張するが、関税は、外国貿易の財貨に対し課税される特殊な国税であつて、関係国際法ないし国際的慣行の影響をうけ、あるいは右法律のように特定の外国との間に特例を定めて、その国の関税法上の取扱いの特殊性等による政策的考慮が払われることが多いのに対し、内国消費税である物品税は、本来右の如き考慮が入り込むことなく、純粋に租税収入確保の見地から、物品税法により納付されるべきものであつて、両者はその性質を異にする。右特例法の趣旨も、前記政策的考慮から関税についてのみ制限的に規定したものと解すべきであつて、このことは文理上からも明らかである。」

立証(省略)

理由

控訴人主張の請求原因中、一、二(一)の各事実(原判決引用)は、当事者間に争いがない。

ところで、旧関税法八三条(昭和二九年法律第六一号による改正前)によれば、追徴の場合は、犯罪貨物の原価に相当する金額のみを追徴し、その関税は、国税徴収法を準用して、別にこれを徴収する一方、没収の場合には、関税の徴収につき特に規定をもうけていない。これは、没収の場合においては、国が、犯罪貨物を公売し、全売価格はその貨物の関税及び内国消費税込みの国内卸売価格とみるべきであるから、右代金中に含まれる関税相当額を取得すればこと足り、別途に関税を徴収する必要がなかつた(この点は、後記現行法における没収の場合も同様である。)のに反し、追徴の場合は、右の如く犯罪貨物の原価相当額だけを追徴するため、更めて関税を徴収する必要が生ずることによるものであると思われる。

しかるに、現行関税法一一八条においては、「犯罪が行われたときの犯罪貨物の価格に相当する金額を追徴する。」旨規定し、しかも、右犯罪貨物の時価は、貨物の原価に関税及び内国消費税の各税額を加算したその国内卸売価格と解せられるにいたつた。そして、現行法が旧法と異なり、犯罪貨物の原価相当額の追徴では足りず、国内卸売価格相当額を追徴することとした理由は、被控訴人主張のように、「犯人をして犯罪により利得せしめない必要があること、そうすることにより密輸入取締りの励行を期していること、また判決確定前に犯罪貨物が滅失、移動することを防止すること」等の配慮に基づくものであることは勿論であるが、もともと、没収による犯罪貨物が、その国内卸売価格により公売される以上、追徴の価格も右国内卸売価格とすることがより相当であり、本来追徴が没収に代るべきものであるという追徴そのものの特質からして考えると、没収貨物の公売代金中に含まれる関税及び内国消費税各相当額と、追徴価格中に包含されるそれらとの間に、性質の差異が認められないのであるから、後者を特に、被控訴人主張の如く、犯罪貨物の価格算定に当つて加算さるべき数額以上の意義を有するものでないとして、没収の場合には、別に関税及び内国消費税(これを関税と同様に扱うべきことは、後記のとおりである。)を徴収しないが、追徴の場合に限り、特にそれらを微収するということは、理解しがたいことであつて、両者(没収、追徴)の各場合は、同一に取扱うべきものである。

つぎに、没収または追徴の場合において、関税の徴収と内国消費税(本件においては物品税)のそれとを別異に扱うべきか否かにつき考察する。

この点に関し、特例法(下記法条の内容は、昭和三三年法律第六八号の改正によるものである。なお、特例法の題名は、昭和三五年法律第一〇二号により、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律」と改められた。)一二条二項の括弧内の「関税法一一八条等により没収または追徴が行われた場合を除く。」旨の規定は、単なる注意規定と解せらる。思うに、特例法一二条一項は、「合衆国軍隊等以外の者が、合衆国軍隊その他から、六条(関税の免除)の規定の適用をうけた物品の譲受を日本国内においてしようとするときは、当該譲受を輸入とみなし、関税法、関税定率法及び輸入品に対する内国消費税の徴収等に関する法律等を適用する。」と規定し、同条二項は、「合衆国軍隊等以外の者が、前項の規定により適用することとされる関税法六七条に規定する輸入の許可をうけないで、同項に規定する物品の譲受をした場合においては、その関税については、その譲受人を当該物品にかかる関税の納付義務者とし、その関税は、当該物品の譲受の日において適用される法令並びにその時の性質及び数量により算出した額により徴収する。」と定めたところに、それら規定の主旨が存するのであつて、同条二項は、前項をうけて、関税の取扱いに関し、特に規定する必要上、これについてのみ規定したため、その括弧内においても、同様関税についてだけ、その徴収除外につき、当該物品に限らず従来一般に行われてきたところを、注意的に規定したにすぎないものと思料せられるからである(関税についてのみ徴収を除くために、同条二項の本文において関税についてだけ規定したのではない)。

従つて、特例法が第一条において明示する如く、関税、物品税等に関する法律の特例をもうけることを目的とするものであるにしても、特例法一二条二項をもつて、被控訴人主張のように、没収または追徴の場合、関税についてのみその徴収を除外される。」という制限的解釈の根拠とはなし得ない。

また、被控訴人主張の如く、「関税は、外国貿易の財貨に課税される特殊な国税であつて、関係国際法ないし国際的慣行の影響をうけ、あるいは、特例法のように特定の外国との間に特例を定める等政策的考慮が払われることが多いのに対し、内国消費税である物品税は、右のような考慮が入り込むことなく、両者は、その性質を異にする。」ことは、明らかであるが、このような差異は、没収または追徴の場合、それらの徴収を異にして取扱う合理的な理由となるものではなく、その他、これ(別異の取扱い)を是認する事由は見当らない。

以上により、没収の場合は、旧法、新法いずれのもとにおいても、関税及び物品税(内国消費税)を更めて徴収すべきでないと考えられるとともに、追徴の場合にも、新法のもとにおいては、追徴額が前記の如くである以上、没収の場合と同様に扱うのが相当であり、別に関税及び物品税を徴収することは、実質的な二重の租税負担となるから、禁止せらるべきものと解せらる。

従つて、控訴人に対し、犯罪貨物である自動車の時価につき、その追徴を命じ、右裁判のすでに確定している本件において、さらにその物品税を賦課徴収することは違法といわなければならない。控訴人の本訴請求は理由がある。

よつて、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第八民事部

裁判長裁判官 石 井 末 一

裁判官 小 西   勝

裁判官 岸 本 正 彦

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